天邪鬼の独り言

日記、エッセイ、独り言、愚痴、フィクション、なんでもありのブログです。書きたいことを書きたいスタイルで書いていきます。

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人のせいにしない

私は本好きです。
ホントは読書好きと書きたいところですが、気になる本、読みたい本を買っても、本棚に並べて眺めていることの方が多いからです。

やることがいろいろあり、あまり長時間の読書はできませんが、今日は多少時間ができたので、以前読んだ本で気になっている本を読み返してみました。
漠然とした内容は頭の片隅に残っていても、改めて読み返してみると、忘れていた内容や、全く記憶にない新鮮な文章に出会い、いまさらながら、本は一度読んだ(目を通した)程度では、頭には入ってこないのだなと感じました。

そのうちの一冊に「覚醒のネットワーク」(上田紀行著)という本があります。
自分との関わり方、自我(アイデンティティ)の確立の仕方、他人との関わり方、社会との関わり方などについて、新たな視点で書かれている本です。

その中で印象深い一節をちょっと抜粋・要約してみます。


「人のせいにすることでもたらされる「私」とは、ひととの違いとしての自分でしかない。自分を外側から見た情報(職業、性別、外見、社会的地位など)が、自分自身と同一化した情報のかたまりとしての自我。だが、自分の内側は空白のまま残される」
「人のせいにすることでもたらされること。自分に対する無力感。他人や社会のせいにすることによって、それらに権威を与え、自分はそれに屈従する存在であると暗に認めることになる。状況を自分の手で変えていくことができないことを認めてしまうことになる」


著者が言うには、「もの」への執着も「いじめ」も原因は、自己のアイデンティティを他者との差、差別化することで確立しているからだとのことです。

ただ、外部情報を全て取り去った後に残される「内面の自己」というものが、確固として存在するのかという問題提起もできるとは思いますが、整体にからめて言えば、現代の日本人からは希薄になっている「身体感覚」は、外部情報ではなく、まさに自己の内部の感覚だと思います。それをふまえて考えてみると、身体感覚がしっかりしている人は、あまり他人の動向や評価に影響されないということも言えると思います。つまり自信があるということでしょうか?

しかし、すべてを自分のせいにするというのはとてもつらいこともあるし、宗教じみていますが、確かに人のせいにしないことで、状況をコントロールし自ら作り出していく原動力、動機付けにはなると思いました。
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