天邪鬼の独り言

日記、エッセイ、独り言、愚痴、フィクション、なんでもありのブログです。書きたいことを書きたいスタイルで書いていきます。

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増加する児童虐待

子供は親の所有物か?

 最近、児童虐待のニュースが多い。先週も千葉県
袖ヶ浦市で3歳の男の子が継母の実家全員から暴行
を受け、死亡するという痛ましい事件が発覚した。
曾祖父、祖父母、継母らが、3歳の連れ子をなぶり
殺しにしたこの事件を聞いたときは、こんな邪悪な
家族がいるものかと、慄然とした。

 児童虐待の加害者はたいていの場合親だ。子供と
いっしょの時間が多い母親の虐待が多いように感じ
るが、死亡させ事件になるほどの虐待は加害者が父
親のケースが多い。

 人生の中で最も大変な仕事のひとつは出産と育児
だと思う(女性にとっては特に)。育児は小手先で
はできない。子供と全人格的に関わることなしには、
世話をし、養い、教育することはできないだろう。
経済的な負担も大きいし、親として地域社会での関
係づくりも欠かせない。だが、親になるのに資格が
いるわけではない。結婚し性生活を共にした結果と
して、たまたま子供ができたという感覚の夫婦は、
珍しくはないと思う。

 子供の世話をするには、自分にある程度の余裕が
なくてはならない。親としての自覚も必要だが、親
としての自覚を欠き、精神的にも未熟で自分の行動
の責任を自分で引き受けることのできないタイプの
人格は、周囲の人間を攻撃することで、精神のバラ
ンスをとろうとすることが多いような気がする。そ
れが一番弱い立場の幼児に向けられるのは必然かも
知れない。

 幼児は全面的に親に依存している。親なしには生
きていけない。そのことは親以上に子供自身が自覚
している。だから虐待を受け続けていても、子供が
親を告発することはほとんどない。幼児虐待が表面
化することが少ない理由は、それが行われるのが家
庭内であることと、近所や周囲の人々がその行為を
知っていても、近所付き合いが希薄なため、黙殺し
ているからだろう。

 昔の親の方が立派だったという声を聞くこともあ
るが、本当だろうか?子供の数が多かった時代、た
いていの親は、子供ひとり一人には、あまり手をか
けなかったはずだ。近所づきあいがあり、近くに同
じような年齢の子供を抱えた母親がいる環境では、
互いに育児の情報を交換しあうし、子供同士でも遊
ぶ機会があるから、よい意味で相互監視が機能して
いた。そのような環境では、極端な児童虐待は、必
ず外部に漏れるし、注意・制止されるはずだ。

 産業構造が変わり、核家族化し、地域社会が崩壊
した環境での育児には、困難がつきまとう。現在の
育児環境を考えると、少子化は当然と思える。まと
もな住宅を購入し、子供が生まれれば、夫一人では
家計を賄うことが難しいから、妻はなんらかのカタ
チで仕事をせざるをえない。キャリア志向の女性な
ら、そうでなくとも仕事を続けたいと考えるはずだ。

 しかし今の日本の社会的制度は、働く女性の育児
をサポートするようにはできていない。いや正確に
言えば、育児休暇に関する法律などは整備されつつ
あるが、職場で働く人々の意識が、ひと昔前のまま
だから、休暇を申請しづらいというのが実態のよう
だ。

 幼児虐待の加害者の親は、自身も虐待の経験があ
ることが多いという。暴力に対して不感症になって
いる面があるから、加減が判らず歯止めも効かない
のかも知れない。また、自己評価が低く、自己の人
格や人間性を尊重された経験が少ないから、子供の
人格も認められないのだろう。だから子供を親の所
有物とみなし、思い通りにならないと怒るのだ。

 精神的にも経済的にも余裕がないにもかかわらず、
無自覚に子供を産んで虐待するより、子供を作らな
い選択をする夫婦の方が信頼できる。だが、特別恵
まれた条件を持っていなくても、安心して子育てで
きる環境を創らない限り、少子化傾向は止まらない
だろうし、児童虐待も減らないだろう。 
 
 僕が独身で子供もいない理由は、単に持てないか
らかも知れないが、こんな状況のせいでもある!?

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