天邪鬼の独り言

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言葉が持つイメージ喚起力

体の状態が悪い患者に「よくありませんね」などと言えば、それが正確な表現だとしても、その言葉によって状態が良くなることはあり得ず、悲観させて悪化する可能性の方が高いということのようだ。

体調以外の話でも、できるだけ前向きで明るくなるような内容や表現を心がけるべきだとも言われた。

人は様々なイメージによって感情も行動も左右されている。言葉そのものに力があるだけでなく、言葉は人のイメージをかきたてる。だから言葉は慎重に選んで使う必要があるし、言葉の持つイメージ喚起力も注意して使う必要がある。

「オーリングテスト」というのを知っているだろうか?これは親指と人差し指で輪を作ってもらい、検査する人がその指を持って開くかどうかで体の状態などを判断するという検査方法だ。オーリンクテストで思い浮かべたイメージの方向性を判断することもできる。楽しいことを思い浮かべると、リングは開かないが、辛いことや嫌なことを思う浮かべると、リングは実に簡単に開く。

病気の治癒に関して言えば、病気に対して悲観的になっている人の治癒率より、楽観的な人の方が治癒率は高いという。

マイナス要因があっても、それを無視して無理にでも「明るく」振舞うのがいいとは思わない。それは本当に納得した上での「明るさ」ではなく、表面上だけ取りつくっているからだ。

マイナス要因も含めて現実を認識した上で、その打開策や解決策を模索した後でなければ、心から納得して前向きに明るくなれるはずがない。

その辺のところがあいまいなまま、ただただ「ポジティブ」に「明るく」せよというのは違うと思う。

しかし、自分の心の照準をどちらに合わせるかという方向性は大切だ。

暗く否定的な方に合わせる自由ももちろんあるが、それでは、その方向に行くのを後押しすることになる。

「生き抜く」こと、天寿を全うし、(天から)与えられた能力を開花させ活用しつくすことに生きることの価値を置くならば、「生」や「世界」に対して肯定的にイメージすることは、必要なことだと思う。
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