天邪鬼の独り言

日記、エッセイ、独り言、愚痴、フィクション、なんでもありのブログです。書きたいことを書きたいスタイルで書いていきます。

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スマホ(携帯電話)は身体の一部!?

日本における携帯電話(PHS含む)の契約台数は、約
6200万台にも達している(2003年時点)。ほんの数年
前までは、携帯電話の所有は、経済的ステータスシン
ボルのような感じだったが、今では高校生でも持って
るのが当たり前のようになってしまった。

 何が携帯をそれほどまでに普及させたのか?その
答えは一言ではいえないが、外出先での連絡手段と
いうのが最もまともな理由だろうが、知り合いが使
っているから自分も持っていないと、ネットワーク
から外されるという、恐怖感も普及の原因ではない
かと考えている。 

 携帯は便利だ。雑踏の街角の適当な場所を待ち合
わせ場所に指定しても、お互いに携帯を持っていれ
ば、すぐに見つけることができる。電車が事故で遅
れて、約束の時間に間に合わなくなっても、携帯を
持っていればその場から状況説明ができる。

 腕時計をしていなくても携帯を持っていれば、時
刻を知ることができる。目覚まし時計を持っていな
くても、携帯のアラームをセットしておけば、朝起
こしてくれる。

 さらに人口衛星を利用した携帯電話なら、山奥で
道に迷い遭難しかけても、携帯から救助を呼ぶこと
ができるし、GPS(人工衛星を利用した位置特定シス
テム)内臓の携帯があれば、現在地を知ることも知
らせることもできる。

 インターネットと繋がった携帯は、持ち運び可能
な電話というより、モバイル(携帯用コンピュータ
端末機器)だ。ネットバンキングを契約していれば
携帯から振込みや送金、ファンドの購入などもでき
るし、コンサートのチケットなども、携帯で予約番
号などを受け取り、会場入口の情報端末で照合でき
るようになれば、プレイガイドへ行く必要はなくな
る。

 様々なデータベースを携帯から呼び出すことがで
きれば、携帯を使って調査ができるし、ネットの辞
書機能を呼び出して使えば、携帯が電子辞書にもな
る。

 携帯で音楽を聴くこともできるし、ゲームもでき
る。テキストメールは当たり前だが、カメラ付きの
携帯なら写真が送れる。取材も携帯を持っていれば
原稿を書き、写真を撮って、現場からすぐに送信で
きる。

 携帯を住所録として使っている人は多いし、携帯
同士でチャットもできる。映像と画像が見れる携帯
なら、ネット通販を利用すれば、買い物に行かなく
てもすむ。

 いまや携帯電話は、情報社会に暮らす人々にとっ
て無くてはならないものとなっている。先月テレビ
番組で、ヘビーユーザーの女子高校生から携帯電話
を取り上げたらどうなるかという実験をやっていた
が、最初は何かそわそわと落ちつかない感じ程度だ
ったが、次第に情緒不安定になり、終いにはべそを
かきだしたのには驚いた。理由を聞かれると「友達
と切り離されたみたいで、寂しかったから」という。

 実用面から携帯電話を見ていたが、携帯の持つ魔
力は、実はすごく情緒的な面にあったんだと気づい
た。人や社会と繋がっている感じこそが、携帯が支
持されている一番の理由なのだろう。

 最近の若者は、面と向かった直接的コミュニケー
ションでは、あまり突っ込んだ話や気持ちを伝える
ことは苦手な人が多いらしい。携帯というメディア
を通した方が、自分の気持ちや考えをスムーズに伝
えることができるという。

 だとすれば、携帯がもはや単なる情報端末ではな
く、頭脳と発声装置が身体の外部にまで延長された
ものということができるだろう。

 21世紀の人間にとって携帯電話は、身体の一部に
なりつつある。その意味において我々は、サイボー
グになりつつあるようだ。
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