天邪鬼の独り言

日記、エッセイ、独り言、愚痴、フィクション、なんでもありのブログです。書きたいことを書きたいスタイルで書いていきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心の隙間を埋める物たち

ここ1~2年、おまけ付きの菓子がヒットしている。日
本の動物のミニチュア・フィギュアをおまけにした「チ
ョコ・エッグ」や、恐竜シリーズの「チョコザウルス」。
昨年暮れから今年の春にかけて注目されている「タイム
スリップ・グリコ」。
その他、マンガの主人公をフィギュアにしたものや古代
文明の美術品をフィギュアにしたものなど、百花繚乱の
相を呈している。

僕も恐竜や古代文明、マンガには興味があるので、いく
つか買ってみたが、おまけのおもちゃという枠を超えて、
かなり精巧で手間隙かけて考証しモデリングしているも
のが多いので、感心している。

トム・ハンクス主演の映画で「カースト・アゥエイ」と
いう無人島に漂着して生還する男の話があるが、彼は海
岸に漂着したバレーボールに目鼻を描いてマスコットに
し、それに名前を付け、話かけることで
精神の安定を保ち、孤独を癒している。
しまいには、そのボールを実際の人間のように扱ってい
る様には、不気味さを通り越して感動すら覚えた。

現在のフィギュア・ブームは、それと似たところがある
ような気がしている。
フィギュアに囲まれていることで、心が安らぎ満たされ
る、孤独を紛らわすことができる。

フィギュア(おもちゃ)は子供のものという印象を持っ
ている人にとっては、大人がそんなものを集めることは、
精神の未熟さを表すものとしてとらえるだろうが、絵画
や彫刻なども、その延長線上にあると思う。

そのような自分にとって愛着がある物をカタチに変え象
徴化することによって、捉えどころのない現実にカタチ
とまとまりを与え、拠り所とすることによって、人間は
なんとか現実との折り合いを付けることができるのでは
ないかなどと、目の前に並んだフィギュアたちを眺めな
がら考えた。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。