天邪鬼の独り言

日記、エッセイ、独り言、愚痴、フィクション、なんでもありのブログです。書きたいことを書きたいスタイルで書いていきます。

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ある日曜の昼下がり

空の彼方まで突き抜けるような青空の下を歩いていた。
目に飛び込んで来るものすべてが色鮮やかで美しかった。
見なれた風景のはずなのに、すべてが新鮮だった。
澄み切った初春の空気は、ちょっと冷たいけれど肌に心地よく、
心までもが透明になったような気がした。

動きのない、人影のない景色は、時が止まったように感じられ、
自分の歩みにつれて変わっていく景色だけが、
かろうじて時の流れを表現していた。

そんな、あまりにも美しい景色なのに、漠然とした不安感。
戦争が始まると、さっき見たテレビが伝えていた。
近頃はあまりいい話題を聞かない。
企業は人減らしで、街のいたるところに住処を失った人たちがいる。
でも、人々はそこに何も存在しないかのように足早に歩き去る。

そんな漠然とした不安感とは無関係に、この景色は美しかった。
ただただ美しかった。

この美しさに意味は感じない。
それはただ美しく、そこに存在していた。

景色と僕はひとつだった。
互いに切り離すことはできない。

この景色、色と形の組合せすべてが人に作られたものだとしても、
意味などどうでもよかった。

意味は美を疎外する。
意味は時に重荷だ。
意味から解放されたとき、
美は輝きを増し、人は自由になれる。

だたそこにあること。
ただ美しいこと。
ただ心地よいこと。

それがすべてだ。
それで十分だ。

たとえ世界の終わりが来ても僕は幸せだ。
この美しい景色と共にあるのなら。




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