天邪鬼の独り言

日記、エッセイ、独り言、愚痴、フィクション、なんでもありのブログです。書きたいことを書きたいスタイルで書いていきます。

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身元確認したこと

忘れがたい体験が多いネパールだが、いいことばかりではなかった。

ポカラでは、ペワタールという湖に面したロッヂに滞在していたのだが、ある日、隣の部屋に日本人のカップルが来た。

翌日、湖の湖畔で散歩していると、カップルの女性の方と出合った。なんとなく座り込み、旅の話とか日本では何をしてたとか話をした。
彼女は、日本での仕事にあまりやりがいが感じられず、今後の進路を考えるために、日本を離れて、以前から行きたかったネパールに来たというような話をした。彼女は当時28歳だった。

彼女からヒマラヤの何とか山の麓までトレッキングに行かないかと誘われた。「彼と行けばいい」と答えると、ここへ来て声をかけられただけで、夫婦でも恋人でもないという。それに、別のルートでトレッキングに行く予定で、もうセスナの予約がしてあると言いうと、彼女は、「じゃあ、一人で行く」と言った。

海外の個人旅行は初めてだという彼女には、ちょっと危険だと思ったので、「ムクチナートから帰ってきてからなら行ってもいい」と言ったが、「現地の人は素朴でいい人だから、大丈夫よ。もしあなたが帰ってきたとき、まだ私が行ってなかったら、一緒に行きましょう」と言った。お互い帰って来たら、それぞれのトレッキングについて話をしようとも言って別れたが、それが最後になった。

同室の彼とその後でロッヂの庭でチャイを飲みながら話をしたが、当時で40歳位、妻子があり、若い頃、海外をぶらぶらしてそうだ。よく家族が一人で長期旅行するのを許したと思ったが、よけいなことは言わなかった。彼はどうみても、山歩きなどしないタイプのようだった。

トレッキングから帰ってきて、少し休んでのんびりしようと思いながら荷物を預けておいたロッヂに戻ってきた。彼女と会える期待もしていたが、ロッヂの中に緊張感があり、様子が変だった。

旅行者風の背の高い日本人が近づいて来て、トレッキングの前に泊まっていた部屋の位置を確認した後、隣に泊まっていた日本人のカップルの女性を知ってるかと聞く。知ってると言うと、身元確認をしてくれと言われた。彼の後ろにはNHKの記者と現地の警察官が立っていた。

トレッキング先で彼女は殺されたのだ。遺体の写真があるから、確認してくれと言う。見たくはなかったが、断るわけにもいかない。彼は覚悟はいいか?と聞き、俺がうなずくと写真を取り出して見せた。顔の細かい表情までは写ってなかったが、服装と髪型から彼女だと感じた。服装の色なども確認されたが(写真は白黒だったので)、エンジ色のインド風の服は、彼女が着ていたものに間違いはなかった。

とてもショックだった。たった数日とはいえ、知り合って話しをした女性が、無残な死に方をしたのだ。そのときは、トレッキングになど行かなければよかったと思ったし、彼女の対しても、どうして一人で行ったのかと、少し非難する気持ちがあった。時間が戻せるなら行く前に戻したいとも思った。

犯人は、その時点ではまだ不明だったが、現地人が犯人だという見方を警察はしているようだったが、カップルの男の方が消えているので、少し疑っているようだった。

その彼とは、飛行機でインドに入った空港で偶然バッタリと出合った。彼女が殺され、「行方不明のあなたも疑われているようだ」と伝えると、知っていると答えた。疑いを晴らすために、ネパールに戻るところだと答えた。

NHKの記者を案内してきた長身の旅行者とは、インドの聖地、バナラシ(ベナレス)旧市街の雑踏の中で再び出会った。彼女の親の住所を知っているから、もし訪ねてみる気があれば教えると言われたが、旅の途中だったし、ちょっと話をしただけの関係だからと言って断った。

それから、何度か、彼女のことを思い出したが、あのとき、俺が一緒に行ってやればと少しだけだが、後悔する気持ちが今もある。
両親にも、彼女がポカラでのびのびしてたことを話してやれば…、そしてお墓にお参りしてやればよかったなと、思うことがある。

生きていれば、きっといいお母さんになっていたことだろう。

25年以上経ってしまったが、ご冥福をお祈りします。
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