天邪鬼の独り言

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幼馴染と初恋の人の思い出…3

「あなたの家は、裕福だったわね。お屋敷と呼んでもいいくらいの広い家と、一日中遊んでいても飽きないくらいいろんな木や古井戸や納屋、小さな丘、池もある広い庭。とても羨ましかった。私んちなんて、お金が足りなくて天井裏も剥き出しのままの小さな家とその周りに空き地があるだけ。子供心にショーちゃんとことうちんちが、なんでこんなに違うのかと思ってたのよ」

ちょっとショックだった。ミチヨが僕の家のことをこんな風に思っていたなんて。これを聞いて思い出したことがある。彼女はよくうちに遊びに来ていたが、ある日裏庭で、彼女の女友達の子と三人でままごとのようなことをして遊んでいるときに、ふと口にした台詞だ。彼女はそのときまだ8歳くらいだったはずだが、こんなことを言ったのだ「ショーちゃんとこ、わたしんちの何倍も広いわね。なんでよ!不公平だわ。お母さんが言ってたけど、お金持ちは悪いことをしてるから広い家に住めるんだって。私だってこんな広い家に住みたい!ご馳走を毎日食べたい!この土地と家はみんなに分けるべきよ!平等じゃなきゃいけないのよ、世の中は!」

これが8歳の女の子の口から出た言葉だとは、今でも信じられないほどだ。しかも彼女は当時の僕の一番の親友というか、恋人のような存在だったのだから。たぶん、成人してからの自分が感じるよりはるかにショッキングだったのだ。だからこのときの記憶は、すっかり忘れていたのだ。何か関連する出来事やきっかけが無い限り、自分だけでは思い出せないほどしっかりと記憶に鍵をかけていたのだ。

彼女の母親は厳格というか道徳的な人だった。実家は裕福ではなかったようだが、当時の田舎では良家の子女が通う女学校に進学したくらいだったから、プライドも高かったようだ。もちろん子供にはそんなこと知る由も無かった。成長して分別がつく年頃になってからわかったことだ、ミチヨやうちの母の言動などから。

うちの母とミチヨの母は、学年は違っていたが、同じ女学校を出ていた。でも、かたや町では資産家の部類に入る一族に嫁ぎ、一方は自宅で細々と自営業を」営んでいる男の元に嫁ぎ3人の子育てに追われて暮らしている。

彼女のうちは夏休みでも家族で旅行など行ったことがなかったので、私が親にミチヨもうちが海の家に遊びに行くとき、一緒に連れて行ってほしいと頼んだことがあった。ミチヨは行きたがったらしいが、彼女の母親の許可が下りずに実現しなかったが。

ミチヨの母は、表には出さないが、うちの母に嫉妬していたのだと思う。ことによると嫌っていたのかも知れない。なぜなら、子供同士はとても仲が良かったにもかかわらず、母親同志がお互いの家に行き来したり、道ですれちがったときに親しげに立ち話をしていた記憶などないからだ。

ミチヨは母親から吹き込まれた価値観とうちに対する評価をそのまま口に出しただけだったのだろうが、いつも一緒に遊んでいて、うちにも頻繁に来ていた彼女から、そのような攻撃的、批判的なこと言われたのは、子供心にも衝撃的なことだった。

子供は分別は足りないかも知れないが、大人が考えるよりはるかに勘が鋭く、物事の本質を見抜いていることが多いものだ。ミチヨのこの言葉は、到底無視したり聞き流したりできるような内容ではなかった。私はそれ以上に危険なものを感じ取っていたが、それを直視して危険に備えたり回避策や防衛策を講じられるほど、社会的な行動力も冷静さも持ち合わせていなかった。

その場に第三者、彼女の友達がいたということと、彼女と喧嘩などしたくないという気持ちから、僕は強くは反論しなかった。ただ一言ぽつりと言ったことは「でも、ここ僕んちだよ」だけだった。

ミチヨのこの強烈な嫉妬心と当時のちょっとした事件が、彼女の兄の自殺?と関係していることは、僕の想像の範囲を超えていた。

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