天邪鬼の独り言

日記、エッセイ、独り言、愚痴、フィクション、なんでもありのブログです。書きたいことを書きたいスタイルで書いていきます。

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死について考えてみた

僕は比較的、感情が安定している方だと思うが、やはり体調に波があるように、感情や精神状態にも波がある。

体が疲れているときには、やはり精神的にも元気一杯という訳にはいかないようだ。

そんなとき、考えることは、「何をやっても、何もやらなくても、いつかこの世から消えていくのだ」ということ。
虚無的とも思えるが、これは誰も否定できない事実だ。
霊魂は永遠に生き続けると信じている人は別かも知れないが、でも、今のカタチで永遠に存在し続けるなんてことは、絶対にない。
そんな事例は聞いたことがない。

僕にとって死は第一に自意識の消去だ。
もちろん体も焼かれるか腐るかして、土に大気中に還っていく。

永遠の生命があったとしても、そんなものは永遠に姿形の変化しない、まことに退屈な営みであることは確かだと思う。
この世での滞在時間に限りがあるからこそ、あらゆることが貴重でかけがえがない。
また、どんな苦しみや悲しみにも、自己の消去というカタチで終止符を打つことができると信じるから、耐えることができる。まあ、これは自殺の動機にもなるが。

自分は消えるが、生物的には子孫を残すこともできるし、活動を社会化することによって、自分が信じ、価値を認めたことを他者に伝えることで、残していくこともできないことではない。

死そのものは避け得ないし恐怖でもあるが、死そのものより恐ろしいというか虚無感を感じるのは、自分の生が自己完結していて、自分の生死がこの世界に全く影響を与えないということだ。

こんな文章を人様が読むことを前提に書いているのも、何らかのカタチで自己の存在証明をしたいからなのだろう。
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